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東京高等裁判所 昭和55年(行コ)26号 判決 1982年5月20日

控訴人(原告) 名取きり 外二名

被控訴人(被告) 長野県知事

参加人 三井安治 外一名

補助参加人 石黒伊都男

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら訴訟代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が別紙物件目録記載の土地につき自作農創設特別措置法三〇条に基づき買収の時期を昭和二六年三月二日としてなした買収処分は無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人指定代理人及び参加人ら訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方及び参加人の事実上の主張及び証拠関係は、次に訂正付加するほか原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(原判決事実摘示を訂正する点)

原判決添付別紙物件目録を本判決添付別紙物件目録のとおりに、また、原判決添付別紙図面を本判決添付別紙図面(一)のとおりにそれぞれ訂正し、原判決二枚目表八行目の「(一)」、同二枚目表八行目から九行目にかけて「、予備的に同目録(二)記載の土地」とある部分及び同三枚目表四行目の「(二)」をそれぞれ削除し、同四枚目表三行目から四行目にかけて「売渡」とある次に「土地」を加え、同四枚目裏一〇行目の「(二)」を削除し、同四枚目裏一二行目の「昭和二六年三月二日」の次に「を買収の時期として」を加え、同四枚目裏一二行目の「(一)」を「但書」と訂正し、同五枚目表二行目の「昭和二七年三月一日」の次に「を売渡の時期として」を、同四行目の「補助参加人」の次に「の亡父」を加え、同五枚目表九行目の「本件買収処分は、」からその裏五行目の「ものとしても、」までを削除し、同六枚目表二行目から三行目にかけて「南原山」とある次に「四六五四番〇一二」を加え、同六枚目表一一行目の「(三)」を「(二)」に、その裏九行目の「(四)」を「(三)」に、同七枚目表五行目の「(五)」を「(四)」に、その裏二行目の「ついて」を「ついで」とそれぞれ訂正し、同三、四行目の「補助参加人」の次に「の亡父」を加え、同八枚目裏九行目の「本件買収処分」から同一一行目の「同(二)につき」までを削除し、同八枚目裏末行の「別紙図面」の次に「(一)」を、同九枚目表二行目の「補助参加人」の次に「の亡父」をそれぞれ加え、同九枚目表四行目の二つの「(三)」をいずれも「(二)」に、同九枚目表五行目の二つの「(四)」をいずれも「(三)」にそれぞれ訂正し、同九枚目表一一行目の「(二) 同(二)は争う。」を削除し、同九枚目表未行の「富士見町」を「富士見村」に、同一〇枚目表六行目の二つの「(三)」をいずれも「(二)」に、同一〇枚目表一二行目の二つの「(四)」をいずれも「(三)」に、同一〇枚目裏二行目の二つの「(五)」をいずれも「(四)」にそれぞれ訂正する。

(控訴人らの主張)

被控訴人において昭和二六年七月九日控訴人らの被相続人名取徳衛(以下「徳衛」という。)所有の別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)につきなした買収令書の交付にかわる公告(以下「本件公告」という。)の表示が、単純な誤記としてすまされるものではなく、重大かつ明白な瑕疵にあたることは、次に述べるところからも明らかというべきである。すなわち、

(一)  本件土地の存する長野県諏訪郡富士見町富士見字南原山四六五四番の土地には、三六一個にも及ぶ枝番号が付されており、その中には、本件土地の地番である「四六五四番ロの一一一」と混同し易い「同番一二」、「同番ロの一三〇」、「同番三一〇」、「同番ロの一一三」などの土地が存するのである。また、右富士見町には、富士見町富士見に「南原山」、「原山」、「原山一ツ藪」「一ツ藪」なる字が、富士見町落合及び富士見町立沢にそれぞれ「原山」、「南原山」なる字が存し、相互に混同し易いのである。

そして、買収に続いてなされた本件土地売渡の関係書類を見ると、昭和二七年三月二二日付売渡計画書においては、補助参加人の亡父に対しては「原山一ツ藪四六五四、〇一二」と、参加人三井に対しては「原山一ツ藪四六五四」と、参加人織田に対しては「原山一ツ藪四六五四、ロの一五三」と表示され、本件土地の字名である「南原山」とは字が異なり、地番の枝番号も欠如したり、相異したりしているのである。また、参加人両名に対する長野県知事の昭和二六年三月三〇日付入植許可証においては、土地の所在地としては「富士見村一ツ藪開拓地」と記載され、土地の面積については、参加人三井の分は「三反」と、同織田の分は「二反」と記載され、字名においても、土地の面積においても売渡にかかるものと相異しているのである。

右のように本件土地に関する買収及び売渡手続の関係書類は、対象地の字名、地番の枝番号、地積において齟齬が多く帰一するところがない有様である。

(二)  のみならず、参加人織田が自己の買受地と称する土地のうち現に占有耕作する土地は、別紙図面(二)(原審検証見取図の第二図)に甲A地と表示してある部分であるが、その大部分は、本件土地ではなくて控訴人らが徳衛から相続した富士見町富士見字二ノ沢三五七〇番一の土地であり、また、参加人三井が自己の買受地と称する土地のうち現に占有耕作する土地は、別紙図面(二)に乙A地と表示してある部分であるが、そのうちのかなりの部分は、前同様本件土地ではなくて控訴人らが徳衛から相続した字二ノ沢三五七〇番ロの二の土地なのである。そして、右のように参加人両名の占有耕作している土地が混乱しているのは買収及び売渡にかかる土地が特定していないことの証左というべきである。

以上により明らかなとおり、本件土地につきなされた買収処分にはその対象地の特定を欠如するという重大かつ明白な瑕疵が存するから、右処分は無効であるというべきである。

(控訴人らの主張に対する被控訴人の認否反論)

控訴人らの右主張は争う。

(一)  徳衛所有の土地に関する限り、地番の点で本件土地である「字南原山四六五四番ロの一一一」と混同し易い土地はない。また、本件土地の字である「南原山」は、その周辺の富士見村の字である「原山一ツ藪」、「二ノ沢」、「原山」、「一ノ沢」などとともに、農地開放における買収売渡の事務処理の上では、富士見村の「一ツ藪地区」と総称されていたのである。したがつて、入植許可証や売渡計画書に記載された字名が控訴人ら主張のように表示されていることをもつて、それらが本件土地と別個の土地を表示しているものとすることはできない。

(二)  控訴人らは、本件土地及びその周辺土地の公図の形状を根拠にして、参加人両名の現に占有耕作する土地の大部分は本件土地の隣地に属する旨主張するが、公図の形状や範囲が現地の形状や範囲と合致すると速断することはできないのみならず、もともと、控訴人らの右主張は、本件土地と隣地との境界に関する事項であつて、本件買収処分の効力とは無縁のものというべきである。

(控訴人らの主張に対する参加人らの認否反論)

控訴人らの当審における主張は争う。

(一)  本件公告は、単に「ロ」を「〇」と、「一一一」を「一二」と誤記したにすぎないものであり、本件公告の表示が本件土地を指すことは明白である。

(二)  本件土地及びその周辺の土地は、その現況と公図とが相異しているのであるし、本件土地の買収は、徳衛から異議申立がなされたため、専門家による測量をしたうえでなされたものであり、参加人らはその後現地を指示されて売渡を受けたのであるから、参加人両名の占有耕作する部分に本件土地以外の土地が含まれているなどということはない。

(証拠関係)<省略>

理由

本件につき更に審究した結果、当裁判所も、控訴人らの本訴請求は失当として棄却すべきものと判断するものであり、その理由は、次に訂正付加するほか原判決説示理由のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(原判決説示理由を訂正付加する点)

(一)  原判決一二枚目表五行目の「同二六年三月二日」の次に「を買収の時期として」を、同六行目の「同二七年三月一日」の次に「を売渡の時期として」を、同八行目の「補助参加人」の次に「の亡父」をそれぞれ加え、同一一、一二行目の「成立に争いのない甲第二号証の一ないし五」を「控訴人らと被控訴人との間においては成立に争いがなく、控訴人らと参加人らとの間においてはその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第二号証の一ないし五」と、同一三枚目表六、七行目の「しかして、」から同一三枚目裏三行目の「相当である。」までを「そして、本件買収処分は、一筆の土地の一部に関するものであるから、これを完結させるためには本件土地を分筆したうえ、買収を原因とする所有権移転登記を嘱託してこれを経由する必要があるのであり、右登記がなされた場合、控訴人らは本件買収処分が無効であるとすれば訴外徳衛に保有され、相続により控訴人らに承継される本件土地の所有権につき登記名義を取得できないこととなることは明らかである。それ故、控訴人らは行訴法三六条所定の「当該処分(中略)に続く処分により損害を受けるおそれのある者」に該当し、本件買収処分の無効確認を求める原告適格を有するものといわなければならない。」と、同一三枚目裏九行目の「明らかであるから、」を「明らかである。そして、一個の行政処分の対象たる一筆の土地の一部につき、時効取得の成否によりこれを区別し、時効取得の成立する部分については行訴法上の無効確認訴訟の当事者適格を否定して民訴法上の通常訴訟によるべきものとし、時効取得の成立しない部分については右の当事者適格を肯定して行訴法上の無効確認訴訟によるべきものとする見解は、審理の重複を生ずるにとどまらず、判断の齟齬をも招来するおそれがあるから採用するに由なく、」とそれぞれ訂正する。

(二)  同一三枚目裏一二行目の「被買収者である」から同一五枚目表七行目の「本件買収処分は、」までを削除し、同一五枚目表一〇行目の「前掲乙第一号証」から同一六枚目表三行目の「できない。」までを「いずれも成立に争いのない甲第二一ないし第二三号証、乙第一、第二号証、第三号証の一、二、第四ないし第八号証、第九、第一〇号証の各一、二、第一四、第一五号証、第一六号証の一ないし四、第一七ないし第二一号証、丙第五ないし第一〇号証、控訴人らと被控訴人との間においては成立に争いがなく、控訴人らと参加人らとの間においてはその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第四、第六、第八、第九号証の各一、第一三号証、原審における参加人織田敬喜本人尋問の結果により原本の存在とその成立の真正が認められる丙第一、第二号証、原審証人窪田五郎の証言、原審における参加人両名、原審及び当審における控訴人名取きりの各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められ、右名取きりの供述中右認定に反する部分は措信し難く、他にこの認定を左右する証拠はない。」と訂正する。

(三)  同一六枚目表七行目の「農地調整法」を「自創法による未墾地の買収売渡方」と訂正し、同一六枚目表一一行目の「公告し」の次に「、同日から同年九月一六日までこれを縦覧し」を加え、同一六枚目表一二行目の「ころ、」から同一六枚目裏一行目の「同月」までを削除し、同一七枚目表二行目の「決定した。」を「決定し、そのころ訴外徳衛に告知した。」と訂正し、同一七枚目表四、五行目の「又は使用の時期期間」を削除し、同一七枚目表五、六行目の「未墾地買収計画書」を「未墾地買収計画の承認」と、同一七枚目表一二行目の「長野県」、同一七枚目裏五行目、同一八枚目表三行目の各「長野県知事」をそれぞれ「被控訴人」と、同一七枚目裏一行目の「六四二一」を「六四、二一」と、同一七枚目裏八行目の「右公告には、」から同一一行目の「不服であつたところ、」までを「右公告においては、買収物件及び同上所有者住所氏名として『物件の種類未墾地、所有者名取徳衛、物件の表示諏訪郡富士見村字南原山四六五四、〇一二原野、面積一〇反〇一七(六反四二一)、備考括弧内は分筆買収面積』と表示され、買収の時期は昭和二六年三月二日とされていた。ところで、訴外徳衛は、これより先同村農地委員会が同人の前記異議申立の一部を容れて買収対象地を縮減したことにも、なお不服であつたところから、」とそれぞれ訂正し、同一八枚目表三、四行目の「昭和二七年三月一日」の次に「を売渡の時期として」を加え、同一八枚目表四行目の「参加人三井」から同六行目の「本件土地」までを「参加人三井に対し二反の土地(別紙図面(一)に参加人三井の買受地と表示してある部分)を、参加人織田に対し一反八畝の土地(別紙図面(一)に参加人織田の買受地と表示してある部分)を、補助参加人の亡父に対し二反の土地(別紙図面(一)に補助参加人の亡父の買受地と表示してある部分)をそれぞれ売渡した。これより先、参加人両名は被控訴人からその買収した本件土地につき昭和二六年三月三〇日付で入植許可を受けたが、入植すべき土地の現地」と、同一八枚目表八行目の「売渡を受けた」を「入植すべき」とそれぞれ訂正し、同一八枚目表一一行目の「交付された。」の次に「右入植を許可された土地が後に被控訴人から参加人両名に売渡された土地部分である(なお、上記図面と現地との結びつきを確定する手がかりはないが、図上の形状、位置関係等に照らし、各『買受地』は後に認定する各買受地の現地とほぼ対応するものと認められる。)。」を加え、同一八枚目表一二行目から同一九枚目表一行目までを

「 右認定事実を前提として本件土地の特定性につき考察するに、なるほど、本件公告においては、買収対象地の表示として一筆の土地の一部が単に地積を表示して掲記されているにとどまるから、右公告自体によつては被買収地の範囲を具体的に明確にすることはできないことが明らかである。しかしながら、他方において、先に認定したとおり、当初の買収計画においては、本件一筆の土地全部を含む訴外徳衛所有の四筆の土地が買収の対象とされたが、同人の異議申立により富士見村農地委員会による現地の調査と測量がなされ、その結果、富士見村農地委員会は傾斜地及び同人の開畑した部分を除く本件土地ほか一筆の土地を買収するものと決定し、訴外徳衛にその旨告知したが、同人はこれに承服せず、全部の買収除外を求めて同委員会と折衝したが、本件買収処分がなされるまでの間に買収されるべき本件土地の範囲をもはつきり知る機会があつたこと、並びに参加人両名は、本件土地のうち各自の買受部分につき、富士見村農地委員会からそれぞれ現地で指示を受けたことが明らかであり、これらの事実からすれば、六反四畝二一歩の本件土地が一町一七歩の一筆の土地のうちの特定の具体的部分を指すものであることは、本件買収処分当時において関係当事者間に十分了解されていたものと推認される。

そして、右のように関係当事者間において特定の土地の特定の部分を買収することが了解されている場合には、右特定の土地の範囲を買収令書又はこれにかわる公告自体の上で図面の添付その他の方法により余すところなく詳細に掲げていなくとも、前記地積の表示をもつて買収目的地が特定されているものと解するに妨げないものというべきである。仮に買収目的地の範囲の特定が不完全であるという理由で本件買収処分に瑕疵があるとしても、右の瑕疵は、前記事情のもとでは買収処分の当然無効の事由となるものではない(最高裁判所第二小法廷昭和三二年一一月一日判決、民集一一巻一二号一八七〇頁参照)。」

と、同一九枚目表二行目の「三」を「二」に、同一九枚目表末行の「四」を「三」に、同一九枚目裏六行目の「五」を「四」に、同二〇枚目表一行目の「六」を「五」にそれぞれ訂正する。

(当審における控訴人の主張に対する判断)

控訴人らは、本件土地は地番の枝番号においても、字名においても、他の土地と混同され易い土地であり、参加人両名が売渡を受けたと称して現に占有耕作している土地には非買収地も含まれているから、本件公告の表示には買収対象地の特定を欠如する重大かつ明白な瑕疵が存し、本件買収処分は無効である旨主張する。

そこで検討するに、前掲甲第二一ないし第二三号証、乙第一号証、第四ないし第六号証、第一五号証、第一六号証の一ないし四、丙第五ないし第一〇号証、いずれも成立に争いのない甲第二六ないし第二八号証、控訴人らと被控訴人との間においては成立に争いがなく、控訴人らと参加人らとの間においてはその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第一九号証の三ないし五、当審における控訴人名取きり本人尋問の結果により真正に成立したと認める甲第二五号証、原審証人窪田五郎の証言、原審における参加人両名、原審及び当審における控訴人名取きりの各本人尋問の結果、原審における検証の結果を総合すれば、次の事実が認められ、右名取きりの供述中右認定に反する部分は措信し難く、他にこの認定を覆えす証拠はない。

(一)  長野県諏訪郡富士見町富士見字南原山所在の四六五四番を元番とする土地には多数の枝番号を付されており、現在における枝番号の数は三百数十に及んでいる(本件買収処分からすでに三〇年以上の期間が経過しているが、上記の現状に照らすと、本件買収処分当時においても枝番号は相当多数であつたと推測される。)。また、旧富士見村は、昭和三〇年四月一日、旧本郷村、旧落合村、旧境村と合併して富士見町となり、同町の行政区画上、富士見町富士見となつたものであるが、同区域には古来「南原山」、「原山一ツ藪」、「原山」、「一ツ藪」なる紛れ易い名称の字が存在している(因みに、富士見町落合と富士見町立沢にもそれぞれ「原山」と「南原山」なる字が存在している。)。しかし、旧富士見村においては、各字を通じて全村の土地に一連番号が付されており、字を異にして同じ四六五四番という元番の土地は存在せず、かつ、枝番号が「〇」ではじまる土地は全く存在していない。しかるに、富士見村農地委員会が作成した買収計画書(乙第一号証)の本件土地の地番の記載が「四六五四、〇一二」とも読み得る不明瞭なものであつたため、その後の手続である本件公告において「四六五四、〇一二」と表示されるに至つたものである。

ところで、旧富士見村農地委員会は、本件土地を含む周辺の未墾地につき買収計画を樹立した際、「南原山」、「原山一ツ藪」、「原山」、「二ノ沢」、「一ノ沢」などの字名の地域を一括して富士見村の「一ツ藪地区」と総称し、以後の買収及び売渡の事務処理に当つても右の呼称を用いることが少くなかつた。このため、参加人両名に対する入植許可証には「富士見村一ツ藪開拓地」と記載されたものである。なお、参加人らへの売渡通知書において字名が「原山一ツ藪」と記載されたのは誤記と認められる。

(二)  旧富士見村農地委員会が当初未墾地買収の対象にしようとした徳衛所有の土地は、本件一筆の土地全部を含む四筆の土地であり、右四筆の土地は現地で一区画を形成していたが、徳衛の異議申立により現地を調査したところ、本件一筆の土地全部の中央部(別紙図面(二)に丁A地と表示してある付近)を徳衛が開墾しはじめていたので、右部分を除外して本件土地の現地を測量したうえ、所定の手続を経て本件土地が買収された。本件土地の範囲は、別紙図面(一)表示のナンバー1からナンバー27までの各点を結ぶ線で囲まれた部分(それは別紙図面(二)表示の甲A地、甲B地、乙A地、乙B地、丙地をあわせた部分にほぼ相当する。)にあたり、参加人織田は右甲A地と甲B地につき、参加人三井は右乙A地と乙B地につき、補助参加人の亡父は右丙地につきそれぞれ売渡を受けた。

右買収売渡にかかる土地の範囲を公図と対比すると、徳衛が所有し同人の異議申立により買収の対象地から除外された富士見町富士見字二ノ沢三五七〇番一及び同番ロの二の土地も右買収売渡地の中に含まれるようにも見えるが、他方、本件土地周辺の公図の形状や範囲は、必ずしも現地の形状や範囲と合致するものではないことが認められる。

右(一)に認定した事実によれば、本件買収処分及びこれに続く売渡手続の関係書類において、字名や地番に一部誤記が存することは明らかであり、大量の事務を迅速に処理することが要請されていた当時の実情を考慮しても、事務処理の杜撰さは否定できないけれども、本件買収処分における地番表示の誤りは容易に単純な誤記と認められる程度のものであり、これをもつて買収対象地の特定を欠くに至る程重大なものということはできない。また、入植許可証(丙第五、第六号証)により参加人両名が入植を許可された土地の面積と右両名が売渡を受けた土地の面積とが一致していないことは控訴人らの指摘するとおりであるが、本件買収処分の対象たる土地の面積は本件公告に表示されたところにより決定されるのであるうえ、入植許可証の土地の面積と売渡地の面積とが完全に一致しなければならないいわれはないのであるから、右両者の不一致をもつて買収対象地の特定性欠如の証左とすることはできない。

また、本件土地の周辺においては公図の示す土地の形状や範囲は現地の形状や範囲と完全には一致しないうえ、右(二)に認定した徳衛から異議申立がなされて現地の測量がなされた経緯に鑑み、参加人両名の現に占有耕作する土地(別紙図面(二)に甲A地、乙A地と表示されている部分)が控訴人ら主張の非買収地を含む可能性は少ないものと思料される。それ故、現地の占有関係が混乱しているとの主張に依拠して本件公告における買収対象地の表示によつては目的地の現実の範囲を特定できないとする控訴人らの論議はその前提において当を得ていないものといわざるを得ない。

したがつて、控訴人らの当審における主張は採用することができない。

よつて、原判決は相当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 蕪山厳 浅香恒久 安國種彦)

別紙物件目録、図面(一)、(二)<省略>

原審判決の主文、事実及び理由

主文

一 原告らの請求は、いずれもこれを棄却する。

二 訴訟費用(参加費用を含む。)は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告が別紙物件目録(一)記載の土地、予備的に同目録(二)記載の土地につき、昭和二六年三月二日付、自作農創設特別措置法三〇条に基づきなした買収処分は、無効であることを確認する。

2 訴訟費用は、被告らの負担とする。

二 請求の趣旨に対する答弁

1 被告

(本案前の申立)

(一) 本件訴を却下する。

(二) 訴訟費用は、原告の負担とする。

(本案の答弁)

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は、原告の負担とする。

2 参加人ら

(本案前の申立)

本件訴中、参加人らが時効取得した土地の範囲につき訴を却下する。

(本案の答弁)

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一 原告適格について

1 原告らは別紙物件目録(二)記載の土地を共有するところ、後記二のとおり右土地について被告のなした買収処分の無効確認を求めるものである。

2 ところで、本件訴は、次の理由により、行訴法(行政事件訴訟法をいう。以下同じ。)三六条にいう「当該処分の効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて、目的を達することができない。」場合にあたるから、不適法であるとはいえない。

すなわち、後記二のとおり、被告が買収したという土地部分と売渡したという土地部分は双方とも場所的に特定されておらず、買収部分と売渡部分が一致する根拠はない。そして、買収処分のあつた昭和二六年から現在に至るまで買収部分の土地について分筆手続はとられず、買収による国および売渡による参加人らの各所有権移転登記もなされていない状態である。

したがつて、仮に、原告らが、売渡をうけたという参加人らに対し、同人らの現在占有している土地部分について所有権確認・土地明渡訴訟を提起して勝訴判決を得ても、その訴訟の対象となつた土地部分と買収処分ないし売渡処分の対象となつた土地部分が同一であるとは断定できず、場所的に同一であるとの根拠もない。このように場所的に不明確である買収処分の効力の有無につき、現在の法律関係の前提としてただ理由中に場所的に判断して結論を出されても、その理由中の場所的判断が処分行政庁を拘束する効力はないのであるから、訴訟終了後、行政庁が、裁判所の判断と異なる土地部分を、買収土地部分あるいは売渡部分と新たに主張すれば、原告らは新たに別訴を提起する必要が生ずる。現在の法律関係に関する訴えによればこのような結果になるのであるから、直接に買収処分の無効を宣言する判決を得て既判力を生じさせねば訴訟の目的を達することができないものである。

3 行政処分の無効確認訴訟において、過去の処分に関することであつても、その無効な行政処分の形式的存在により現在の権利または法律関係に影響があつて紛争が生じている場合、抜本的に当該行政処分の無効を裁判所が確認することが紛争解決のために直接有効に役立つときは、現在、確認訴訟で解決すべき利益が存し許されるものであり、本件もまさしくそれに該当する。

二 請求原因

1 原告名取きりは訴外名取徳衛(以下訴外徳衛という。)の妻、同前島みゑは長女、同名取章は長男、同手嶋琴は二女で、いずれも訴外徳衛の法定相続人であり、昭和四四年六月二日に同人の死亡により、同人の遺産全部を相続して取得したものである。

2 長野県富士見村農地委員会は、昭和二四年八月二五日、訴外徳衛の所有であつた本件土地(別紙物件目録(二)記載の土地をいう。)について未墾地買収計画を樹立し、被告は、昭和二六年三月二日、同目録(一)記載の土地として表示し、自作農創設特別措置法(以下、自創法という。)三〇条による買収処分(以下本件買収処分という。)をなした。そして、被告は、昭和二七年三月一日、右買収地のうち、五七五二・〇六平方メートル(五反八畝)につき、参加人三井、補助参加人に対し各一九八三・四七平方メートル(二反)を、参加人織田に対し一七八五・一二平方メートル(一反八畝)を同法四一条により売渡した。

3 しかしながら、右買収計画に基づく本件買収処分は、以下の理由により無効である。

(一) 本件買収処分は、買収令書の交付にかえて公告によりなされたものであるが、右公告で被買収地の所在地は別紙物件目録(一)記載の土地(以下(一)の土地という。)として表示されており、買収令書謄本の所在地表示も右公告表示のとおりである。しかし、訴外徳衛は右表示((一)の土地)の箇所に原野を所有していなかつたから、本件買収処分は被買収者の所有しない原野を買収したもので無効である。

(二) 仮に、前項の主張が認められず、本件買収処分が本件土地に対してなされたものとしても、自創法による未墾地買収処分は、その処分によつて従前の所有者の所有権が消滅し、政府がその所有権を取得するのであるし、政府の買収目的は、この土地を第三者に売渡して農耕地にしようとするのであるから、買収する土地の所有権の範囲が特定されることが必要である。とくに、買収する土地が一筆の土地の一部分であるときは、事実上土地の買収場所を所有者に認識させるのはもちろん、客観的にも確定させる方途を講ずる必要があり、一方書類上も特定させておかねばならない。しかるに、被告は本件買収処分において、買収土地の面積を、富士見町富士見字南原山、原野一町一七歩のうち、六反四畝二一歩と表示しているだけで、場所的に右一町一七歩のどの部分の六反四畝二一歩を指示しているのか書類上、事実上ともに不明で全く特定されていない。このように、本件買収処分は、一筆の原野の一部分を買収する処分において、事実上も書類上もその原野のどの部分であるか特定されていないものであるから、重大かつ明白な瑕疵のある処分で無効である。

(三) 本件買収処分は買収令書によらず令書の交付にかえて公告によつたものであるが、令書の交付にかわる公告は、当該農地の所有者が知れないとき、その他令書の交付をすることができないときに限られている(自創法九条一項但書)。しかるに、訴外徳衛は、富士見村の長年の居住者で、本件買収計画樹立当時も富士見村に家族と居住して、所在は明白であつたのであるから、買収機関が買収令書を交付できないものではなかつた。したがつて、本件買収処分は、公告によるべきでないのに、公告により買収処分を行つた重大かつ明白な瑕疵のある処分で無効である。

(四) 本件買収処分の公告に、「括弧内は分筆買収面積」と明記されているが、本件買収計画樹立の過程において買収機関が分筆手続の準備をしまたは着手した形跡は全く存在しないし、公告当時から現在までその手続はとられていない。本件買収処分は、その公告によつて効力を発生するが、その公告は分筆をしないと地積六反四畝二一歩の買収目的地が特定していないことを明言しているのに、現在に至るまで分筆手続はとられていないのであるから、重大かつ明白な瑕疵のある処分で無効である。

(五) 本件買収処分の公告には、農地委員会で承認された買収計画書と異なる買収時期が記載されており、本件買収処分は、買収の時期が確定されていなかつたのであるから、重大かつ明白な瑕疵のある処分で無効である。

4 よつて、原告らは請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

三 本案前の抗弁

(被告)

1 本件土地については、自創法三〇条の規定に基づき、昭和二六年三月二日を買収期日として買収処分がなされた。ついて、同法四一条の規定に基づき昭和二七年三月一日を売渡期日とする売渡通知書を参加人三井、同織田、補助参加人の三名に同年三月未頃までに交付して売渡処分がなされた。そうだとすれば、既に本件土地に対しては右三名に対する売渡処分が完了しているので、原告らは右三名に対し本件土地の所有権確認を求める等現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができるものといわざるをえない。

2 また行訴法三六条は無効等確認の訴えの原告適格の要件を「無効等確認の訴えは、当該処分に続く処分により損害を受けるおそれのある者…」と規定し、係争処分の続行処分によつて原告らに損害が生じる危険が切迫しているために、これを阻止する予防的利益が認められる場合を予定しているのに対して、本件土地に関する処分については行政処分が完了しているので、原告らに対する続行処分は予想されず、原告らが損害を受けるおそれは全くない。

3 よつて、原告らは、本件買収処分の無効確認の訴えを提起するについての原告適格を欠くものであるから、本件訴は不適法として却下されるべきである。

(参加人ら)

参加人両名は、昭和二六年三月三〇日本件土地に対する入植許可を得て、同二七年三月一日、自創法にもとづく売渡処分をうけて以来所有の意志をもつて平隠かつ公然に本件土地の占有を続けて今日に至つているものであり、遅くとも昭和四七年二月末日をもつて、現に占有する土地の範囲に関しては時効により所有権を取得しているものである。したがつて、右土地の範囲については、原告らは被告に対しその買収処分の無効確認を求める訴の利益はないものというべく、右範囲で本訴は却下されるべきである。

四 請求原因に対する否認

(被告)

1 請求原因1は知らない。

2 同2は認める。

3(一) 同3(一)中、本件買収処分について買収令書にかえて公告したことは認め、その余は争う。

(二) 同(二)につき買収土地の場所が特定されていないことは否認し、本件買収処分が無効であることは争う。買収土地の場所は別紙図面のとおり特定されており、そのことは、買収当時の所有者訴外徳衛、参加人三井、同織田、補助参加人ならびに当時の富士見村農地委員会立会いのうえ認識確定されていた。

(三) 同(三)は争う。

(四) 同(四)中、分筆登記手続が未了であることは認めるが、その余は争う。

(参加人ら)

1 請求原因1は認める。

2 同2は認める。

3(一) 同3(一)は争う。

(二) 同(二)は争う。

富士見村農地委員会は、昭和二四年八月二五日、買収対象土地を富士見町富士見字南原山四、六五四番ロの一一一、原野一筆全部九九七三メートル(一町一七歩、以下本件原野という。)および他の土地三筆とする買収計画を樹立したところ、これを知つた訴外徳衛は、自己の土地が買収処分に付されることを防ぐために昭和二三年頃より本件原野の一部につき自主的に開墾を開始し、この事実を前提にして、昭和二四年九月一〇日、異議申立をなした。富士見村農地委員会は、訴外徳衛の右開墾の事実を認め、本件原野一町一七歩のうちの六反四畝二一歩および他の一筆のみを買収する旨に計画変更した。ところで訴外徳衛は寒天製造を本業としていて未墾地を開畑する能力などなかつたのであるが、農地開放を阻む目的で、雇い人に頼んで本件原野の一部を開墾して被買収面積の減少を画策したのであり、このような経過もあつたので富士見村農地委員会は本件原野のうち買収部分と買収除外部分を明確にするため、現地測量をなし、境界には木標を埋設したのである。このように、本件原野の買収部分は、買収当時、訴外徳衛も充分承知しており、事実上も書面上も特定は充分なされていたのである。

(三) 同(三)は争う。

本件は、農地委員会が買収令書の受領方を土地所有者に通知し、かつその後委員会のおかれている役場内で右買収令書の受領方を促したにかかわらず、右土地所有者がその受領方を拒否した場合にあたるから、何ら違法ではない。

(四) 同(四)中、本件買収部分が一筆の土地の一部の買収であり、それについて今日まで分筆登記がなされていないことは認めるが、その余は争う。

(五) 同(五)は争う。

買収の効力は、買収令書に記載し、または令書にかえて公告した買収の時期に発生するのであり、本件における買収の時期は昭和二六年三月二日であり確定した期日である。

第三証拠関係<省略>

理由

第一本案前の申立に対する判断

長野県富士見村農地委員会が、昭和二四年八月二五日、訴外徳衛所有であつた本件土地について未墾地買収計画を樹立したこと。被告が、同二六年三月二日右土地につき自創法三〇条による買収処分をなしたこと。被告が、同二七年三月一日、右買収地のうち五七五二・〇六平方メートル(五反八畝)につき参加人三井、補助参加人に対し各一九八三・四七平方メートル(二反)、参加人織田に対し一七八五・一二平方メートル(一反八畝)を同法四一条により売り渡したこと。以上の各事実は当事者間に争いがない。成立に争いのない甲第二号証の一ないし五および原告きり本人尋問の結果によれば、訴外徳衛が昭和四四年六月二日に死亡したこと、原告らはいずれも同人の法定相続人であること(この事実は原告らとの間では争いがない。)が認められる。

被告は、本案前の抗弁として、「原告らは、参加人らおよび補助参加人に対する処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴によつて、その救済が達せられることおよび続行処分により原告らが損害を受けるおそれのないこと。」を理由に、原告らに本訴の原告適格がないと主張するので、この点について検討する。

農地法施行前に自創法三〇条一項の規定によつてした処分は、農地法四四条一項の規定によつてしたものとみなされる(農地法施行法一三条参照)ところ、同条一項の規定による不動産の買収をした場合における所有権移転の登記は、都道府県知事が職権で嘱託することができる(農地法により買収又は売渡をする場合の登記の特例に関する政令一条参照)のである。そして、本件買収処分について所有権移転の登記が未済であることは当事者間に争いがなく、本件買収処分が農地法施行前に自創法三〇条の規定によつてした処分であることは前記のとおりであるから、本件買収処分について所有権移転の登記は、今後、知事が職権ですることができるものといわなければならない。しかして、もし今後知事による右所有権移転の登記嘱託がなされた場合には、原告らは登記名義を回復するために所有権移転登記の抹消登記手続請求をしなければならなくなるという損害が生ずる危険性のあることは明らかである。そうすると、原告らは行訴法三六条の「当該処分に続く処分により損害を受けるおそれのある者」に該当し、かつ現在の土地所有者に対する所有権確認、土地明渡請求など本件買収処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないものというべきであるから、本件買収処分の無効確認を求める原告適格があるものと解するのが相当である。

参加人らは、本件土地中参加人らが現に占有する部分の土地の所有権は各参加人によつて時効取得されたので、原告らには右範囲で本件買収処分の無効確認を求める訴の利益を有しないと主張する。けれども、参加人らの主張自体によつても本件買収処分の対象となつた土地の全部が参加人らによつて時効取得されたのではないことが明らかであるから、原告には本件買収処分の無効確認を求める訴の利益があるというべきである。

第二本案に関する判断

一 原告らは、「本件買収処分は、被買収者である訴外徳衛の所有しない原野を買収したもので無効である。」と主張するので、まずこの点について検討する。

その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから、真正な公文書と推定すべき乙第五号証(但し、原告らと被告の間では成立に争いがない。)によれば、長野県知事が、昭和二六年七月九日、自創法三四条、九条により買収令書の交付にかえて公告したが、右公告において買収物件及び同上所有者住所氏名として「物件の種類未墾地、所有者名取徳衛、物件の表示諏訪郡富士見村字南原山四六五四番〇一二原野、面積一〇反〇一七(六反四二一)、備考括弧内は分筆買収面積」と記載されていたことを認めることができる。しかし、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから、真正な公文書と推定すべき乙第一号証第四号証、第七号証、第九号証の一、二、第一〇号証の一、二(但し、原告らと被告の間ではいずれも成立に争いがない。)原告きり本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第六号証、第一七号証(但し、原告らと被告の間では成立に争いがない。)、証人窪田五郎の証言、原告きり本人尋問の結果を総合すれば、本件買収処分の対象となつた土地は本件土地であるが、買収計画書及び買収令書謄本において本件土地の表示が記載の不正確さのため見方によつては「南原山四六五四、〇一二」とも見られるものであつたこと。しかし、訴外徳衛には南原山四六五四番〇一二の所在地には所有地がなく、同人においては本件土地が本件買収処分の対象となつたことを終始熟知して不服申立の手段をとるなどの行動をしていたこと。以上の事実が認められる。右認定事実によれば、本件買収処分において令書に代わる公告には、被買収地を「南原山四六五四、〇一二」とした誤記が存するが、これは単純な誤記にすぎないものと容易に認識しうる程度のものであり右のように表示された土地が本件土地とは別個に存在するというような格別の事情でもない限り、買収処分の対象を誤つたものということはできない。

したがつて、この点に関する原告らの主張は失当である。

二 ついで、原告らは、「本件買収処分は、一筆の土地のうちどの範囲を対象とするか特定していないから、無効である。」と主張するので、この点について検討する。

前掲乙第一号証、第四ないし第七号証、第九号証の一、二、第一〇号証の一、二、第一七号証、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第八号証の一、第九号証の一、第一三号証、乙第二号証、第三号証の一、二、第八号証、第一四、第一五号証、第一六号証の一ないし四、第一八ないし第二一号証(但し、原告らと被告の間ではいずれも以上の甲号及び乙号各証につき成立に争いがない。)、丙第五ないし第一〇号証(但し、原告らと参加人らとの間ではいずれも右丙号各証につき成立に争いがない。)、参加人織田本人尋問の結果により真正に作成したものと認められる丙第一号証、同尋問結果により原本の存在とその成立の真正が認められる丙第二号証、弁論の全趣旨により原本の存在とその成立の真正が認められる甲第一四、第一五号証(但し、原告らと被告の間では原本の存在と成立につき争いがない。)、証人窪田五郎の証言、参加人織田、同三井各本人尋問の結果、原告きり本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)、検証及び鑑定の結果を総合すれば、以下の各事実が認められ、原告きり本人尋問の結果中、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし措信できない。

1 参加人らは、昭和二三年一月二八日、他二〇余名とともに富士見駅前開墾組合を結成して、訴外徳衛所有の本件土地を含む多数の土地について、富士見村農地委員会に対し、農地調整法の発動を求める開畑申請をした。そして、同農地委員会は、昭和二四年八月二五日、訴外徳衛所有地につき、本件土地を含む諏訪郡富士見村字南原山四六五四番ロの一一一原野一町一七歩(前記本件原野)他三筆の土地を買収の対象とする計画をたて、同月二七日公告したところ、訴外徳衛は、同年九月ころ、他の被買収者とともに同村農地委員会会長に対し各自の所有地を買収から除外する旨請願し、更に、同月一〇日、同会長に対し、前記四筆の土地には約二〇度の傾斜地が三分の二程度あること及び開墾可能地は前年より自己開墾に着手したことを理由として、買収計画から除外する旨求める異議申立書を提出した。

2 同村農地委員会は、訴外徳衛の右異議申立について審議を重ね、最終的には現地調査をしたうえ決定することとし、数度にわたる現地調査及び測量を実施した結果、本件原野全部については傾斜地(当時の農林次官通達では、傾斜が一五度を超える土地は、開墾に適しないものとされていた。)の存すること及び自己開墾を済ませた部分のあることが認められたので、昭和二五年一一月一日招集の農地委員会において、本件原野の内から、右傾斜地及び開畑分を除外した六反四畝二一歩(本件土地)を買収することとし、なお他の三筆の土地については、二筆は開墾中であるとして全面的に買収から除外し、一筆は全部買収する旨決定した。そして、同村農地委員会は、昭和二五年一一月二四日、訴外徳衛の右買収対象地につき、買収の時期又は使用の時期期間を昭和二五年一二月二日とする自創法三〇条による未墾地買収計画書を長野県農地委員会に申請し、同県農地委員会は、同年一二月一日右買収計画を承認した。なお、右買収計画をたてる際、本件土地については専門家による測量がなされ、現場では丸棒に番号を付した杭を打つて場所を特定したほか、図面も作成されたが、右測量図はその後いつのまにか紛失し、現存していない。

3 長野県は、本件土地につき、買収の時期を昭和二六年三月二日、対象地を諏訪郡富士見村南原山四六五四、〇一二原野一〇、〇一七(六四二一)と表示した買収令書を作成し、同村農地委員会書記は、訴外徳衛に対し富士見村役場へ右令書の交付を受けに来るよう要請したが無視され、更に右令書を訴外徳衛の住居地に持参したが受領を拒絶された。そこで、長野県知事は、昭和二六年七月九日、本件土地につき所有者に買収令書を交付することができないとして自創法三四条、九条の規定により買収令書の交付にかえて公告した。右公告には、買収の時期昭和二六年三月二日、対象地につき前示一認定のとおり表示されていた。ところが、訴外徳衛は前記昭和二五年一一月一日の異議決定にも不服であつたところ、同村農地委員会が本件土地を測量したことに抗議し、本件土地を買収から除外する旨申し出て、同委員会では、これを、昭和二六年七月一五日に訴願として受付けし、右訴願は、同年八月一〇日県農地委員会長より棄却された。

4 長野県知事は、所定の手続を経た後、昭和二七年三月一日、本件土地のうち、参加人三井に対し二反の土地を、参加人織田に対し一反八畝の土地を、補助参加人に対し二反の土地を、それぞれ売渡処分をなした。その際、本件土地には丸棒に番号を記した杭が打たれており、参加人らは、富士見村農地委員会の係官により、同人らの売渡を受けた土地について現場において右杭によつて表示された境界を指示された。また、参加人織田は右杭及び境界に符合する図面(丙第二号証の原本)を交付された。

右認定事実によれば、本件買収令書に代わる公告においては、買収目的地の表示として一筆の土地の一部を単に地積を表示して掲げているに過ぎないが、当初の未墾地買収計画書においては、本件一筆の土地全部が買収の対象地とされていたのが、訴外徳衛の異議申立により現地調査のうえ、傾斜地及び開畑分を除外した特定の部分を買収することに決定された経過からして、右のような買収手続当時の事情の下で一筆の土地のうち、右の特定の部分を買収する趣旨であることは、関係当事者に容易に理解される状況にあつたものというべきであるから、右の表示をもつて買収目的地が令書の交付に代えて公告されていたと解するのが相当である。仮に、買収目的地の範囲が不完全であるという理由で、本件買収処分に瑕疵があるとしても、右の瑕疵は、前示認定の事実関係のもとにおいては、重大かつ明白なものとまではいえない。

したがつて、この点に関する原告らの主張も失当とするほかない。

三 原告らは、「本件買収処分は、公告によるべきでないのに、公告により買収処分を行つたから、無効である。」と主張する。

しかし、富士見村農地委員会書記が本件買収令書の受領方を訴外徳衛に通知し、かつその後同人方に令書を持参してその受領方を促したにかかわらず、同人においてその受領方を拒否したことは前示二に認定したとおりであり、右認定事実によれば、本件は自創法三四条、九条所定の「令書の交付をすることができないとき」にあたるものと解するのが相当である。

したがつて、この点に関する原告らの主張も失当である。

四 原告らは、「本件土地につき、分筆手続が未済であることを理由に、本件買収処分が無効である。」と主張する。

本件土地につき、分筆手続が現在まで未済である事実は、当事者間に争いがない。しかし、右事実は、本来本件買収処分自体の瑕疵とはいえないものであるから、この点に関する原告の主張も理由がない。

五 原告らは、「本件買収処分は、買収の時期が確定されていなかつたから、無効である。」と主張する。

本件買収計画書における買収の時期が昭和二五年一二月二日とされたこと、本件買収令書および令書に代わる公告における買収の時期が昭和二六年三月二日とされたことは、前示二に認定したとおりである。しかし、右のような事由をもつて、本件買収処分に重大な瑕疵があるとすることはできない。

したがつて、この点に関する原告らの主張も理由がない。

六 よつて、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

別紙図面、物件目録(一)、(二)<省略>

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